ホルムズ危機40日日本の石油在庫と世界のブラックアウト

White & Green — Crisis Analysis

ホルムズ危機40日
日本の石油在庫と
世界のブラックアウト

「240日分の備蓄がある」——その数字の裏で、
末端のガソリンスタンドは干上がり始めている。

2026年4月11日|3シナリオ分析
本稿の要旨

2026年2月28日、米国・イスラエルによるイラン攻撃を端緒にホルムズ海峡が事実上封鎖された。世界の海上石油貿易量の約25%、日量約2,000万バレルがこのチョークポイントを通過していた。IEAはこれを「世界石油市場史上最大の供給途絶」と形容している。本稿では日本の石油在庫の実態、世界のブラックアウト状況、そして今後のタイムラインを3シナリオで展望する。

01
Japan Oil Reserves

日本の石油備蓄——「240日分」の実態

全体像(2026年3月21日時点)

区分備蓄日数備考
国家備蓄146日分原油の状態で保管。精製が必要
民間備蓄88日分製油所・油槽所の運転在庫を含む
産油国共同備蓄6日分UAE・サウジ・クウェートが国内タンクに蔵置
合計約240日分

一見すると8ヶ月分。しかしこの数字には重大な留保がある。

3つの留保

①原油≠石油製品。備蓄日数は「原油」ベースで算出。しかし消費にはナフサ等の石油製品が含まれる。原油+石油製品の消費量ベースでは実質130〜140日分(約4ヶ月)に縮まる可能性が高い。

②備蓄日数≠即時利用可能量。国家備蓄は原油の状態。製油所への輸送→精製→配送を経て末端に届くのは4〜6週間後。2022年のウクライナ時は全量引き渡しに6ヶ月を要した。

③民間備蓄は「運転在庫」。日常の精製・流通を回すために常時消費されている在庫であり、全量を自由に引き出せない。東日本大震災でも引き下げは3日分にとどまった。

備蓄放出——史上最大の45日分

  • 3月16日〜 民間備蓄15日分の放出開始
  • 3月26日〜 国家備蓄30日分(約850万kl / 5,400億円)を全国11基地から順次放出
  • 3月中 産油国共同備蓄5日分を放出
  • 5月予定 高市首相が国内消費約20日分の追加放出を発表

合計45日分・約8,000万バレルは日本の備蓄放出史上最大。IEA加盟32カ国による4億バレル協調放出の約2割を日本が担う。

元売各社の構図

石油備蓄法により元売会社は70日分の備蓄義務を負う。ただし各社個別の在庫量は非公開であり、公表されるのは国家・民間・産油国の合計日数のみ。国家備蓄の放出先はENEOS、出光興産、コスモ石油、太陽石油の4社。

元売シェア(推定)主要製油所備考
ENEOS HD約50%根岸、水島、大分、室蘭等喜入基地に国家備蓄蔵置。最大の受け入れ先
出光興産約30%千葉、愛知、北海道、徳山等旧昭和シェルと統合。全国に分散
コスモエネルギーHD約15%千葉、堺、四日市岩谷産業が筆頭株主。中東開発事業も保有
太陽石油約5%四国中央(菊間)菊間基地隣接。四国・中国が主要供給圏

末端で何が起きているか

政府の「240日分あります」はマクロの数字であり、末端ではすでに供給途絶が始まっている。

  • 3月12日 北海道・東北拠点の「オカモトセルフ」(全国130店舗)が燃料在庫切れで一部店舗の営業停止を公表
  • 3月中旬〜 中国地方を中心に複数の運送会社で軽油の納入遅れ・数量制限が発生。インタンク向け供給を半減された事例も
  • 4月7日 政府が補助金未反映の高価格GSに個別訪問・適正価格要請を開始。小売価格調査を倍増

問題の構造は「全国の在庫がない」のではなく、流通の序列(二者店>三者店>独立系)と地理的偏在によって、弱い立場の末端から先に干上がる点にある。価格を上げても解決しない。ローリーが来なければ売るものがない。

代替調達の進捗

到着日ルート状況
3月28日ヤンブー港(サウジ紅海側)愛媛に到着済み(第1船)
4月5日フジャイラ港(UAE)到着済み
4月25日予定中東以外(北米等)航行中
5月米国メキシコ湾岸発 8隻約1,200万バレル。千葉・鹿児島着予定。前年比4倍

政府は「4月に前年比2割以上、5月に過半の代替調達に目処」「年を越えて供給確保できる見通し」としている。ただし迂回ルートは所要日数が通常の2.5倍(約50日)、コストは2〜3倍以上。米国産原油は性質が中東産と異なり、製油所の装置構成見直しが必要になる可能性もある。

02
Global Blackouts

世界のブラックアウト——実際に「電気が消えた国」

ホルムズ危機は、備蓄の薄い国、代替調達の交渉力がない国から順に社会インフラを崩壊させている。

キューバ
全国ブラックアウト ×3回

3月16日に全島1,100万人規模のブラックアウト発生。電力系統が「完全切断」された。29時間にわたり全系統が停止。3月21日にも再び全国停電。3月だけで3回の全国規模ブラックアウトを記録した。

ディアスカネル大統領は「3ヶ月間、外国からの石油供給が一切ない」と認めた。背景はトランプ政権によるベネズエラ介入でキューバへの原油が完全に途絶えたこと。ハバナ市民は日常的に16時間以上の停電。冷蔵庫が壊れ食料が腐り、水道ポンプ停止で断水。中部モロン市では26時間停電後に住民が共産党本部に放火した。

エジプト
慢性的計画停電+夜間営業規制

2023年夏から断続的なローリング停電が続く中、ホルムズ危機でさらに悪化。3月28日から店舗・モール・レストランを毎日21時閉店(木金は22時)。エネルギー輸入コストは1月の12億ドルから3月に25億ドルへ倍増。燃料価格を14〜30%引き上げた。

構造的脆弱性は、国内産ガスを外貨獲得のため輸出に回し国内発電所への供給を絞っていた点にある。ガザ戦争でイスラエルからのガス輸入途絶+ホルムズ封鎖で湾岸からの精製燃料も滞る二重打撃。

南スーダン
首都ジュバで計画停電

アフリカ最大級の石油埋蔵量を持ちながら精製燃料は輸入に依存。主要電力供給会社Jedcoが首都ジュバでローテーション式停電を実施し、石油火力発電用の燃料を節約している。

バングラデシュ
停電頻発化・社会機能縮小

大学を早期休暇にし、政府・民間の勤務時間を短縮。銀行のサービス時間も削減。停電が頻発し、エネルギー使用のバランスを取って備蓄延命を図っている。主力輸出産業の縫製セクターへの影響も深刻。

ブラックアウト予備軍

状況
フィリピン3/24エネルギー非常事態宣言。387カ所のGS営業停止。ロシアから70万バレル緊急購入
スリランカ水曜日を公休日化。個人車両は週15L、バイクは5Lの配給制
ミャンマーナンバープレート奇数偶数で隔日運転制限。QRコード式燃料配給
ネパールLPGシリンダー充填を半量に制限
パキスタンモール・市場20時閉店。LNG輸入の99%がカタール・UAE経由
インドLPG不足で長蛇の列。グジャラート州セラミック産業停止。ムンバイのホテル休業。灯油・石炭・薪への回帰
エチオピア治安部隊・必須産業に燃料優先供給。ティグレ地域は配分完全停止
スロベニアEU初の燃料配給制(個人50L/日、事業者200L/日)
イタリアボローニャ、ミラノ等4空港で航空燃料の給油制限
03
Three Scenarios

今後の見通し——3つのシナリオ

4月8日に米イラン間で暫定停戦が合意されたが、4月9日時点でホルムズ海峡は「事実上閉鎖」のまま。イランは通航を制限・条件付けしている。湾岸内に約230隻の積載済みタンカーが滞留し、パイプライン迂回能力は日量約900万バレル(平常時の半分以下)。EIAはブレント原油を2026年Q2で115ドル/バレルと予測。

シナリオA:楽観
確率 20%
停戦合意が実効性を持ち、4月中にホルムズ海峡の段階的再開が始まる。
時期想定
4月中旬イラン・オマーン監視下で限定的通航再開(日量300〜500万バレル)
5月機雷除去・護衛体制構築と並行し通航量回復。日量1,000万バレル前後
6〜7月平常時の7〜8割に回復。滞留タンカー処理完了
Q3以降ブレント80ドル台に下落。備蓄再積み増しフェーズ
日本への影響

5月の代替調達本格化と海峡再開が重なり、供給制約は5月をピークに急速に緩和。地方GSの入荷遅延は6月までにほぼ解消。ガソリン価格は夏前に160円台に戻る。

世界への影響

フィリピン・スリランカ等の非常事態は6月までに解除。キューバは構造的問題が別にあり回復遅延。インドのLPG不足は7月までに正常化。

シナリオB:通常
確率 50%
停戦は名目的で、ホルムズは年内を通じて「制限付き通航」が続く。迂回ルートと代替調達が徐々に拡大するが、平常時の供給量には届かない。
時期想定
4〜5月日本最もタイトな期間。備蓄取り崩し加速。地方GSの営業停止・数量制限が拡大
6月代替調達が前年比5〜6割まで積み上がり、取り崩しペースが鈍化
7〜9月ブレント100〜120ドルで高止まり。ガソリン補助金が財政圧迫(月額1,000億円超)
10〜12月備蓄残量が国家100日・民間60日程度に減少。2回目の追加放出議論
2027年Q1迂回調達が定着し「新常態」化。ただしコスト増は恒久化
日本への影響

年内を通じて供給は「ギリギリ回る」が、地方・過疎地のGS閉鎖が加速(年間500〜800店舗)。物流業界で軽油の優先配分制が実質化。ナフサ不足で化学メーカー減産が長期化。ガソリン補助金の財政負担が2026年度で2〜3兆円規模に膨張。

世界への影響

南アジア・東南アジアで計画停電が常態化。バングラデシュの縫製、パキスタンの繊維が受注減に直面。欧州の航空燃料不足で夏の便が10〜15%減便。世界経済は0.5〜1.0%の成長鈍化。

シナリオC:悲観
確率 30%
停戦崩壊・戦闘再燃。イランが海峡の完全封鎖を維持。さらに紅海・バブエルマンデブ海峡でもフーシ派等の攻撃が激化し、ヤンブー迂回ルートも脅威に。
時期想定
4〜5月サラーラ港等の中継拠点が攻撃を受け、迂回ルート自体がリスク化
6月ブレント150ドル超。湾岸産油国が自国消費確保のため輸出をさらに削減
7〜9月世界的スタグフレーション突入。先進国でも燃料配給制の議論が本格化
10〜12月日本の備蓄が実質3ヶ月分を下回る。電力会社のLNG在庫逼迫で計画停電の検討開始
2027年世界同時リセッション。エネルギー安保の枠組みが根本から再構築
日本への影響

備蓄取り崩しと代替調達競争で外貨流出が加速。円安が170〜180円台に進行し、輸入コスト増がさらに備蓄減を加速する悪循環。地方のGS閉鎖が1,000店超、「GS過疎地」が社会問題化。2026年冬の灯油確保が最大の焦点に。

世界への影響

キューバ型の全国ブラックアウトがバングラデシュ、パキスタン、ミャンマーに波及。インドでも一部州で大規模停電。肥料の3割がホルムズ経由のため世界の食料価格が高騰。中国・ロシアが「エネルギー供給者」として影響力を急速に拡大。

この危機の本質は「価格」ではない。
「あるかないか」である。

そして「ないこと」のしわ寄せは均等にはこない。国家間では備蓄の薄い途上国から、国内では流通序列の末端にある地方・過疎地から、産業では代替の効かない物流・農業・医療から——弱い環から順に断裂していく。

日本の240日分という数字は、マクロの総量としては世界でも屈指の厚みを持つ。だがそれは「全国のGSにガソリンがある」ことを意味しない。備蓄日数と供給能力は別の問題であり、今まさにその乖離が末端で顕在化している。

4月8日の停戦合意がどこまで実効性を持つか。それが3つのシナリオの分岐点になる。

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